みらきょーシンキング
母校で得たもの。
吉住|みらきょーシンキング|2011年03月19日(土)23:01
Tag: 無用の用
二十数年ぶりに訪れた母校(中学)は、昔日のままありました。
通学路も校舎も教室内のヒーターまでそのままで、そのことに驚きました。
この環境の中、頑張っている後輩たち、相当忍耐強くなれると思います。
4月からは中等学校に名称も変わりますが、これまでに64回生、8,348名までがこの校舎で学んだことになるそうです。
母校での毎日は、生活態度や時間に非常に厳しく、全体責任をとることややり直しは日常茶飯事、多くの課題と提出物に終われていました。
早く大人になって、時間に追われる生活から解放されたいと思ったほどです。
頭抜けた運動神経や頭脳を持ち個性の強い級友らの中であっぷあっぷしていた自分、
その息抜きがしたくてしょーもないイタズラをしては怒られていた自分、
人の好き嫌いがはっきりしていた自分、要領の悪い自分、
そんな記憶があるので、喜んで学校に行って伸び伸びしていたなんて言えません。
先進的、研究的な指導プログラムや教材を実践する位置づけの学校だったからかもしれませんが、私自身は「モルモットだ」と密かに思っていました。
では、なぜそのような思い出を持つ学校の閉校式に行ったか、ということになりますが、
ひとつに、この経験が自己形成に良くも悪くも意味があったということ、
ひとつに、この機会に強くなった自分でしっかり区切っておきたかったこと、でしょうか。
否定的な面だけが強調されてしまいましたが、
この環境のおかげで、かけがえのない友人達を得ることが出来ました。
休み時間やクラブ、下校時間で必死になって話をして遊んでいた楽しい時間は宝物です。
ちょっと書き過ぎました。
この辺でやめておきます。
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