みらきょーシンキング
個の確立を人は求める
吉住|みらきょーシンキング|2006年09月08日(金)23:12
Tag: 無用の用
仕事後に久し振りに美術館でゆったり時間を過ごすことが出来ました。
藤田嗣治の絵は好みではありません。が「気がかりな絵」に分類されます。どこかざわざわさせられながらもその迫力は見過ごせないために。
「美しい乳白色」と評された肌色の女性画の時代は、固有のスタイルを表現しようと叫んでいるようですし、後年は観る人の視線を計画的に判断しながら持てる技術すべてで描かれた作品のように感じました。あくまで私個人がそう感じただけのことですが。
乳白色を生み出すために油彩絵の具の上に水彩絵の具をのせる方法を編み出したそうです。油彩でありながら、面相筆による線描があるためか、人肌の部分が妙に目に迫る・・・そんな所に私はざわざわを感じるのかもしれません。
20代前半の頃に絵画販売企業の社長から聞いた言葉をよく思い出します。
「後世に名を残す画家かそうでないかは、その作品を観た人が、あ、○○の絵だ!とわかるか、わからないか、だ。つまり固有のものがなければ残らない。」と。
個が確立されないと画家とは呼ばれないのだ、画家を業で行うには商用視点もはずせないのだ、と痛く感じたことを覚えています。そしてそれは絵画の世界だけではないことをその後実感するようになりました。
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