未来教育設計|みらきょーぶろぐ

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子育て支援マンション

吉住|みらきょーシンキング|2007年09月29日(土)22:45
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「子育て支援マンション」というものをご存知の方はいらっしゃるでしょうか。
業態開発型の施設開発を目指すS-CREPでこのテーマを取り上げて研究を続けています。仕事づくりや在宅ワークの支援を行う中、ワークライフバランスの実現にはその環境となるインフラが重要でありながら、ハード先行型で中身の企画運営(ソフト)は二の次になってしまう現状を見てきました。それをビジネス連携を通じて変えていける方策がある、と考えたことがコトの発端です。
弊社の社名には「設計」がついていますので、建築設計と何かの関係があると思っていただくようですが、弊社ではハード(建設、不動産)関連は自社では取り扱わないと決めています。あくまでも教育に関わるソフト部分を企画設計し提供するためのディレクションが仕事です。
現在、S-CREPはデベロッパー、不動産事業者、設計事務所、商業デザイナー、コンサルタント等の専門集団として具体案件に取り組みはじめています。

市場状況ですが自治体の認定制度も少しずつ増えてきました。
東京都の墨田区が平成14年度より実施した子育て支援マンション事業がモデルになり各地へ拡がりつつあり、大阪市では平成17年度から子育て安心マンション認定制度が始まりました。現在のところ実績は4物件です。先日は民間住宅課と子育て支援サービスについて情報交換をしました。入居者のライフステージは固定されたものではありませんので、まだまだ試行錯誤しなければならない点が多くあります。言うは易く行なうは難し。

追伸:
27日開催のS-CREP情報交流会は新しいネットワークづくりなどに活用していただけたようです。今後ともどうぞよろしくお願い致します。

今日のちょっと話題:
この名刺デザインは!関西人にファンの多い球団を意識されてのことでしょうか。
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S-CREP座長の橋爪さんは今日も風のごとくいらっしゃって去っていかれました。

実りの秋に、ビジネスとことわざを少々。

吉住|みらきょーシンキング|2007年09月24日(月)17:35
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 秋分の日も過ぎたというのに暑さが残りますね。
 今日は「ビジネスに役立つことわざ」原稿を推敲していました。これは企業人準備教育においてこれから社会人になる学生諸君に役立ててもらおうと作っているものです。
 社会に出るとより多くの人や事柄と接していかねばなりませんが、自分の思ったとおりに物事が進まないことや、思わぬところで予想だにしないことが多々起こります。そんな課題に直面した時や日々の姿勢を律するために、先人の知恵が結晶になった言葉は役立つわけですよね。ことわざは役立つと誰もが思っていながらも、なかなかとっつきにくい、忘れてしまうのも実情で、そこで身近にある仕事上での事柄にあてはめて紹介しています。

 また新入社員を迎える社員の方々のサポートにもなればと思っています。親の心子知らずではありませんが、指導する先輩がたからすれば危なっかしいことこの上ない新入社員たち。ある調査では、新入社員のこんなことに困っているという声があがっていました。
・飲み会の翌日に休む、遅刻する・休憩時間をオーバーする・軽薄な言葉遣い・会議中に携帯をオフにしていない・繁忙期に休暇をとる・電話に出ない、気づかない・仕事中の私語が多い・挨拶をしない etc
しかし注意してもなおす様子がない、これ以上言って説教するのも疲れた・・・
 そこで先輩がたに代わってことわざで気づきを促します。直接言われると、素直に聞けなかったり、意味がすぐに理解できなかったりすることも、違う角度から改めて知ることで、「ああ、そうだったのか!」と叱られる有り難味に気づくと考えるからです。そして伸びて欲しいと思います。私もたくさん叱っていただき多くの先輩方にお世話になってきました。もちろん今もそうなのですが。
 このビジネスに役立つことわざは、もうすぐご案内します新商品に組み込んでいます。

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ネーミングセンス

吉住|みらきょーシンキング|2007年09月22日(土)22:29
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昔、自らの肩書きを「代表取締まられ役社長」とされている方と会って「面白い!」と思いましたが、最近ではそうされている方がちらほらいらっしゃるので、あまり感動(?)はしなくなりました。
今のところ肩書きのネーミングセンスで最も笑ってしまったのが、灰T社長が名刺に刷られていた「謝長」と同社の副社長の「複写長」。確かに中小企業では何かあったら飛んで行って謝るのは代表者ですからね。またお客様に常に感謝の気持ちで接するのも経営者として大事な姿勢。まあこんなユーモアを利かせられるのも、灰T社長がコピーライターさんだからかもしれません。先日、「こういうタイプのセミナーは誰でも受講できるけど、教育効果が出にくい」と話したところ、即座に「それってフリーサイズの服みたいやね。だって誰でも着れるけど、誰にも似合わないから」と言い換えて下さいました。
・・・う、うまい。先日も新商品のキャッチコピーで唸っていた私。そんな喩えがすぐ浮かぶ頭が欲しいです。

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上の写真は、
最近お気に入りの“くずもち”。よく冷やして頂くと美味です。
実はこの表装を灰T社長がされていたことからこの商品に出逢い、味の上品さにファンになりました。このレトロな香り漂う表装は、灰T社長らしくない真面目さ(笑)で、商品にぴったりです。

起業家から何を学ぶか

吉住|みらきょーシンキング|2007年09月09日(日)14:25
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今春より担当させていただいております講義「起業家精神論」について芦屋大学長倉光弘己様よりご紹介とエールをいただきました。
倉光学長のブログ
ありがとうございます。学長のお気持ち、頂戴しました。
後期も学生に、起業家の挑戦と実際を伝えて共に学んでまいります。

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スタディ・スキル習得の重要性

吉住|みらきょーシンキング|2007年09月07日(金)00:10
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 学校の成績が良くない=勉強をしていない、とされてしまうことが往々にしてあるが、成績という結果は同じ時間を費やすにしても「勉強の仕方」次第で大きく変わることは皆さんもご存知だと思う。
 私の場合は学生時代に断片的にそういうことを教えてくださる先生に出会ったり、仕事の必要に迫られて独学してきたことが身につき役立っている。
 例えば、高校の時に暗記系が抜群に強くなったきっかけは、高1地理の先生から教えてもらった教科書の読み方にあった。

 パプアニューギニアを「パップアニューギニア」と必ず発音するその先生が挨拶もそこそこに初日の授業で話しだされたことは、教科書の読み方だった。
「教科書を読んでいくのでその箇所を目で追いながら言われた通りに赤ペンでラインを引きなさい」と指示される。授業の半分以上はそれに費やされる。そのライン等の引き方が独特で覚えているだけでも次の四つがある。
(ア)下線:一重線、二重線、波線、破線で分ける
(イ)単語の四角囲み
(ウ)文字の丸囲み
(エ)文字の上に点(ルビ)をふる

不思議なことになぜそうするのかという理由は一切説明してもらえない。きびきびと有無を言わさぬ強さで授業は進むので、質問する間もつかめぬまま頭の中はクエスチョンマークで一杯になる。気になって仕方がないので、後から教科書を見直しつつ何回かその授業を受けるうちに規則性が見えてきた。

(ア)二重線は何度もキーワードとして押さえられているところ。破線は余力で読むところ。つまり重要度で線のタイプが使い分けられている。
(イ)人物名、地域名などの名称が四角囲みされる。つまり誰が、どこが、などの主語が一目瞭然。そこを起点に結論を探すと早く読める。
(ウ)例えば「プランテーション農業と地中海式農業が~~~」の文章の場合、間の「と」を丸囲みする。丸囲みされた「と」の前後には並列の事項(用語)があることがわかる。覚える際に抜けがなくなる。
(エ)「とは」の上にルビがふられる。定義や理由を説明している箇所になるので、そこは新しい知識の吸収点として捉えると良い。

上記の理解が先生が意図されたものと一致しているかどうかは未だに不明だが、この手法を教えてもらったことで文章と単語が並ぶだけの無味乾燥な教科書が、動きのある主張する教科書に変わった。1度目に読んだ際に内容を仕分けしているので、2度目以降はその規則性にのっとって読むことができる。読みながら頭が整理されていく感覚がある。
 そうこうしているうちに、真っ赤な教科書がどうにも気に入らなくなり、青ペンも使ってみることにした。重要・肯定・本筋の事柄には赤字、否定・反対の意味になる事柄は青線と自分で付け足すようにした。これもなかなか自分には合っているようで、資格試験をとる際にも毎回かなり役立った。

 前回のブログで少し触れた「講義ノートの取り方」も同じことである。つまり勉強する前に勉強の仕方を知っているのとそうでないのとでは、大きな差が開くということ。そこである大学には、改革コンサルティングチームとして「スタディ・スキル」のカリキュラムを取り入れることを提案させていただいている。ノート・テイキング、テキスト・マーキングのような基本中の基本のほか、集団の中で自身の思考・行動・感情をコントロールするソーシャルスキルも含めて、学生が主体的に学べる素地を作るカリキュラムの重要性を伝えている。

 今日はスタディ・スキルの効用について述べたが、またいずれかの機会にこのスタディ・スキルを学ぶ真の狙いについてもお話できればと思う。

ギャップをチャンスに転換する

吉住|みらきょーシンキング|2007年09月06日(木)00:15
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 大学1年生の講義を担当しているが、実に考えさせられることが多い。社会人対象に行う人材育成研修とはまったく違うところに攻めどころ、守りどころがあることを感じる。
 学校という環境の中で棲息している学生とビジネス社会で棲息している私の交差は、大袈裟に言えば互いに未知との遭遇であり、異文化摩擦のようなものかもしれない。学生も私も互いに相当なプレッシャーをかけあっている気がする。いわば思考の交流戦。徐々にキャッチボールになってくるとこれがかなり楽しい。
粛々と知識を授け浸透させるべき教科にはこの状況は望ましくないかもしれないが、生の経営を伝える教科としては、このざわざわする感じを優先させていただくことにした。
 ギャップに遭遇することで自分にとっての当たり前の既成概念を崩し、「なんで?」を考えるきっかけを作りたいと思っている。「なんで?」力がある人は自分で成長できる、人の立場で物事を考えることが出来るから。

と志高く進む意志は変わらないが、私もギャップ応対に躓きつつ歩んでいる。

講義初めにこんな質問があった。
「先生、ノートはいるんですか?」と。必要ならすぐ購買部で買ってきたいということらしい。

私は内心、二つの点で驚いた。
『ノートって、いる授業といらない授業があるの?』
『ノートをとるかとらないかは、先生が決めることなの?』

そのため、「とりたい人はとったらいいし、自分で考えて決めなさい。」と答えた。

そして期末を迎え、しまった!と思ったのだ。
学生が期末試験に向けて準備をしようとしているが、配布されたプリントやら課題シートやらメモやらがバラバラの学生が少なくとも半数以上はいる。ノートに連続してまとめている学生は少数。
あいたたた・・・
何かの記事に書かれていた「近頃の学生は配布プリントに予めパンチ穴を開けて渡してやらないとファイルに綴じずに紛失する」と読み、その過保護はいかがなものかと思ったが、確かに現実だったのだ。

ノートについての質問を受けた際にとるべきだったギャップフォロー(隔たりの埋め方)の失敗に気づいた。

もちろんパンチ穴を開けるつもりはない。それは幼稚園児に必要な事前準備ではあるかもしれないが、大学生には不必要な配慮だと思う。

私がすべきだったのは、「なぜノートをとるのだろう?」と学生に問いかけなおすことだった。
大学生の段階で「ノートいりますか?」という質問が出るということは、それまでの教育課程で勉強の仕方を教わっていない可能性が高い。学習環境を整えさせるのも重要な教育指導であるが、まさかこの結果になるとは予想できず見過ごしてしまった。

後期については、私のほうから「ノートの取り方」と「若くても仕事が出来る人」の関係性を学生に問うことから始めてみようと思う。

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